塚野山入口のハゼの木ポイントでエサをあげて1時間ほど滞在。特に変化は見られませんが、今年のベニマシコは鳴いてくれたものの移動しています。ルリビタキの出方も今一歩の感じで、まだまだエサは豊富、ハゼの実に頼るのはもう少し後でしょう。
次に覗いたのはヤマガラハウス、私の車を見るなり直ぐに現れたカラスのカンスケ。
久しぶりの対面にいつものパンを1個分あげると、1mの至近距離までやって来て5切れほど咥えて飛び去ります。ヤマガラやシジュウカラたちも三々五々に集まります。
最後にゆっくり観察したのは坊主山。8時30分から11時まで、色んな小鳥達が来てくれました。慌ただしい年末、ゆとりなき心を癒された時間に感謝です。
ヤマガラ(留鳥)
シジュウカラ(留鳥)
ヒガラ(留鳥)
コゲラ(留鳥)
アオゲラ(留鳥)
ヒヨドリ(留鳥)
メジロ(留鳥)
ミヤマホオジロ(冬鳥) ゴジュウカラ(留鳥)
アオジ(冬鳥)
キクイタダキ(漂鳥ですが大分市内は冬鳥とします)
シロハラ(冬鳥)
ルリビタキ(漂鳥ですが大分県は冬鳥とします)
姿を確認後、写せなかったのはカケスだけ。

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早朝の出発は一路米水津の若戎丸、9時過ぎの見回り便で沖黒へ・・
10年振り?のカベに上礁してオナガを狙ってみましたが・・・
大きなイスズミは沢山見えますが、オナガは不発?
磯際でアタるのは、イスズミの他に大き目の他魚ばかり。
10~15mほど沖はグレが少々、オナガらしきアタリも1~2回?
東のサラシはグレがかなり、ウドバナは45㎝クラスのオナガの取り込みなど。
16時40分に納竿のプライベート釣行でした。
いつもの若戎丸で・・・
2㎏級でも引かないブダイ
2㎏級だと結構引くカンダイ
1㎏級でもかなり引くグレ
日が暮れるのが早いです
釣りはこれにて一段落、あとはボチボチです。

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人呼んで ネオンのおいちゃん! 昭和元年(大正15年)生まれの92歳。
ネオンのお爺ちゃんとは誰も呼んでいない、近場の釣り師です。
大分県で最初に渡船が出来たのは鶴見、昭和30年台の話しで私は小学生?。
未だホースヘッドにタイヤが付いて無く、船を横付けしていた時代です。
師はその頃から磯釣りに通っていた、バリバリの磯釣り師でした。
数々の武勇伝を持つスーパーおじいちゃんは、車で釣り場へ乗り着けます。
最近では、近くの波止から80㎝オーバーのマダイを、アジ釣り仕掛けで仕留め・・。
昨日も近くの岸壁で釣りを行なっていたので、少しだけお邪魔してきました。
いつまでも元気で私達の目標でいて下さい。
車に乗って釣りが出来る・・・スーパーおじいちゃんです(^^)

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今年で9年目となる林(ラム)さんは、色んな釣り人を連れてやって来ます。
今回も二日間のカンダイ釣りの後、丸銀丸から五島へ3日間のグレ釣り。
今回のカンダイ釣りは、二日間共に沖一文字でやれました。
初日が10回のアタリで4枚の釣果。二日目は4回のアタリで2枚の釣果。
12人でアタリが無かったのは3人だけ。確率的には良い方でしょう。
オキアミ+グレナビ+押しムギのマキエでサシエは青ケブなど。
後はフジツボ・カラスガイ・カメノテなどの付着物を掻き落とし・・
カメノテのサシエで狙う方法をミックスさせてエサ取り突破です。
彼らの前向きな姿勢にサポートのやりがいも大きい。
・・・五島のグレは良い釣果になったのかな?
9㎏台は時々釣れますが、10㎏オーバーはここ数年お目に掛かっていませんね。

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初出場当時は33歳、九州地区予選は大分県の蒲江で開催され、100名近い参加者でトーナメント戦。あれよあれよと4回勝ち上がって初出場初優勝。その勢いで全国に臨みましたが5㎏対0㎏の負けは衝撃的で、G杯グレに火がついてしまったのです(^^)
翌年は敗戦要因の本流釣りをマスターし、1989年は3回戦まで進み、この時は三原名人に1匹差での惜敗でした。その後も挑戦すること数回を経て、初出場から13年目の2000年に五島で初優勝、続く2001年も五島で2連覇の偉業を果たす事が出来ました。
1988年は昭和天皇の御病気で延期。1990年・1992年・1994年はチヌの大会と隔年開催だったので、グレの大会はありませんでしたが、翌1995年から今年まで毎年開催。よって通算の開催だと41回目ですが、4回の未開催を引いて37回目のG杯グレなのです。
私がG杯グレに出場していた当時、九州予選はトーナメント戦で全国切符を争っていましたが、10年位前だったかな?全国統一で一発大会となりました。
全国大会の試合も以前はトーナメント戦でしたが、1997年から開催されたロイヤルカップのリーグ戦と審査方法を参考に、競技方法が大幅に変りました。この変更で一回戦で敗けて終わる選手が居なくなり、4試合を目一杯戦える様になったのです。
全国大会の人数は30年前は32名だったと記憶していますが、リーグ戦とともに48名の参加者に増えました。しかしながら昨年の米水津大会からは、36名まで人数が減っての開催。以前は優勝者に3年シード・3位までには翌年のシード権が与えられていましたが、2~3年前から、シード権は一律1年に変更されて今日に至っています。
2003年以降は同じ優勝者が出ておらず、全て変わっています。私は2005年からスタッフ参加でG杯グレに携わる様になっており、これからもお手伝い致します。
憧れのG杯、私の釣り人生を大きく変えた大会です。
私の釣り人生を大きく変えたG杯グレ
スタッフの打ち合わせ
懇親会前の組合せ抽選会
藤本大会副委員長の挨拶
初日は懇親会・二日目は敢闘祭をホテルで・・
各パート毎に抱負などスピーチ
米水津渡船組合の7名の船長たちは団結力が凄い
決勝トーナメントのマキエ作り
予選リーグの出港風景
良く走り回ってくれます
3位決定戦の鶴永選手・遠景は千畳敷の決勝戦
オナガも出てくれました
ベスト8の猪熊選手
惜しくも4位の大澤選手
お立ち台のヒーローと仲間達
G杯グレ・・・選手たちが素晴らしい。もちろん大会そのものも(^^)

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8時30分出港~16時納竿の行程は、大型マダイやアジのアタリは一度も無し。
最初は湾内の対岸、次に湾奥、そして沖のイケスと3ヶ所を廻りました。
沖のイケスはエサやり場所で狙っても、イケスの外の魚は反応なし。
この様な無反応は過去30回くらい竿を出して、一度も経験していませんでした。
二人で127歳の高齢釣り師に、蒲江の魚達がビックリして逃げた???
水深20mラインでオオモンハタ・小型マダイ・サンバソウ・ウマズラハギなど。
35mの水深で20m以上深く入れると、ことごとくサシエのムキミを取られます。
寒いわ、釣れないわ、どちらが疫病神だったのでしょうか(^^)
釣れんからラーメンでも・・
キロくらいあるかな オオモンハタ
二人でこれだけとは・・・とほほの釣果
次回の釣行をためらってしまう一日でした・・まっいっか(^^)

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早朝から山の小鳥達にエサやり~宅配便を受け取って米水津へ配達。
その帰り道、由布岳に冠雪、隣の鶴見岳山頂も白くなっているのを確認。
ロープーウェイで鶴見岳山頂へ行くのは今日に決定、5人で向かいました。
山頂付近には霧氷が一面に広がっています。
昨日と違って風も無く、寒さを感じさせない氷と雪の世界。
この風景を大分県で見られる自然に感謝です。
撮影には青空が欲しかった
下の駅から山頂へは101人乗りのロープーウェイで
乗り込みます
登っています
頂上駅を降りたらマイナス4℃の別世界
別府から来たゆうが君と意気投合
高崎山・別府湾・大分市を望む
傾きかけた太陽と・・
頂上付近の霧氷は流石に育ちが良い
別府湾から国東半島側
結構二人ではしゃぎました
霧氷の世界の一期一会に感謝。

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私などのオブザーバーを含めて約20名くらいの参加者は、6時前から出港しました。西高東低の気圧配置は北西から西の強風で、釣り客は土曜日の数には見えません。
抽選順で上がった磯はビリから2番目、西川君と二人でワニの2番に上礁。鶴御崎の山を越えた強風は、釣り場の50~100m位に舞い降りて、東や南東の風となって私達をほぼ左正面から襲います。
今回の対象魚はグレ・マダイ・チヌの3魚種で3匹の重量を審査しますが、3魚種が最優先・次が2魚種・最後が1魚種の順位となるので、先ずは規定サイズのグレをキープして、次はマダイ狙いの2魚種3匹狙いの作戦でマキエとサシエを準備していました。
私は7時30分から10時前までグレ狙い。規定サイズの25㎝ギリギリは2枚釣れましたが、余裕でキープできるグレが釣れたのは9時過ぎ?10時前に止めてお昼のカップラーメン。体が温まったら、風裏で日当たりの良い岩場でお休みタイム。
12時から納竿時刻の13時30分までは、正面方向からの強風と戦いながら、遠投を試みますがマキエが戻りながらばらけたり・・・それでもグレバリ10号とガン玉Bを取り付けて、ボイルのサシエで狙っていると道糸が弾け飛びました。
やった~~~マダイ!!・・と思ったら37㎝のグレが踊り出て、強風の中四苦八苦しながらタモ入れです。そして遂に小型マダイが来たのが終了5分前の13時25分。マダイとチヌは長さ制限がないので、締めて腹を出してクーラー行きとなったのです。
2枚のグレとマダイを検量すると、なんと総合優勝!どこの磯も強風に泣かされたようですが、釣りの途中で3回程風に体を動かされたのは、本当に久しぶりの体験。
同礁の西川君、親父さんが北友会の大会で私と一緒だったとか。西川君ご本人も、木村君や足立君と同年代で私との釣行があったとか・・話を伺ってとても嬉しく思いました。その西川君、私が眠っている間に、本日の大物グレとなるキロオーバーも入れて5~6枚以上の釣果を出し、総合でも3位に食い込んだのは見事でした。
釣りライター協会の皆様・参加者の皆様・功明丸の船長、ありがとうございました。
昼寝の場所は風が当たらず、ぽかぽか陽気でバッチリでした
ワニの3番で良型グレを取り込む中山さん
朝一のグレはキーパーに僅かに足りませんでした
12時過ぎの釣り場正面は強風が吹き荒れ、飛沫も沢山掛かりました
私が眠っている間に、大物賞となるグレを仕留めた西川君
皆さんとの記念撮影は港で・・
西高東低の気圧配置ではベタ凪、風が弱ければ更に良い釣果が出る米水津です。

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今年のG杯は北高南低のぐずつき型気圧配置。この気圧位配置は北東から東の風が吹くので、大分県南部の磯には波が出始めます。更に3~4日にかけて寒冷前線が朝鮮半島から近づくので、南方向からの風に変り波長は短いものの、ウネリも伴います。
この様な状況で全国大会が米水津の磯で開催されましたが、渡船組合は組合長の松下船長を始め、7隻の渡船が協力し合って無事に大会を完結してくれました。
波が高くても安全な当番瀬が使える状況でしたが、予選リーグで一部の選手を当番瀬に上げると不公平が生じるので、あえて使わずに予備的な磯も使って頂きました。
現在はラインで一斉送信が出来るので、船長は船長同士・スタッフはスタッフ同士で状況の変化はリアルタイムで共有できるのが良い。二日間共に現場サイドの指示は、私が乗っている組合長の船から各船長へ・私からは現場スタッフへの連絡など。
総合的な指示系統は大会本部が行いますが、電話連絡とは違って文章や写真などを共有できるので、間違いが起こりにくく早いから確認作業の時間も取れます。
波が高くて使える磯が少ない中、組合長の船で使えそうな磯を確認にいく事も3~4回。決勝戦の会場や3位決定戦の磯なども、直前まで私と組合長が協議して磯の状況を見て、安全を確保できると判断しての決定、以前にはなかった運営です。
米水津の渡船は非常に協力的で素晴らしい。スタッフの皆さんもしっかりと責任を果たしてくれるので頼もしい。それにも増して、グレの大会に出場する各選手の人間性が高く、これぞ日本一を決める大会だと勝手に思ったのは私だけでしょうか?
5番のハナレ
高バエ
横島ロープ
ミチグイ
横島ロープ
ラクダ
松バエ?
マサカリの地
白子島 水道
白子島 西
棹立てハナレ
押し出のロープ
押し出のロープ
押し出の大バエ
沖の黒島 西のハナ
予選リーグの写真が多い。組合長が悪天候の中良く動いてくれたので撮影可に・・。

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